トピック · 7 件
エンジニアリング文化
設計ドキュメント、フィードバック、そしてコードより難しくスケールするソフトスキル。
Code gets shipped by teams, and teams are held together by habits that nobody puts in the README. The posts under this hub are attempts to name those habits so they can be copied, argued with, or replaced on purpose rather than absorbed by accident.
§ 記事
エンジニアリング文化
- 2026年1月 なぜ一つではなく五つのCLIエージェントを動かすか LLMコーディングエージェントの議論はほとんど一人勝ちのレースとして語られる。私の現実は五つをローテーションで動かすこと。それぞれ異なる局所最小値が得意で、私が書いたGoのCLIでアトミックに切り替える。
- 2025年9月 AI支援エンジニアリングはオートコンプリートではなく、新しいコラボレーターモデルだ Claude Code、Codex、Gemini、PI、OpenCodeを並走させながら3,400コミットを積んだ後に見えてきたパターン。オートコンプリートとして扱っているチームは価値の大半をテーブルに残している。
- 2025年8月 デザインドキュメントは実は政治文書だ デザインドキュメントは技術仕様だけではない。組織の制約がエンジニアリングの選択と交わる場所だ。そのふりをやめることで堂々巡りから抜け出した方法を、テンプレートとともに語る。
- 2025年2月 22歳の自分に渡したかったオンボーディングドキュメント 最初の十年で誰も教えてくれなかったことを、新しいソフトウェアエンジニア全員への手紙として書いた。十五年のリリース経験から生まれた、複利で効いてくる具体的な習慣について。
- 2024年12月 プレイングキャプテン コードに留まりながらリードするとはどういうことか、そして「エンジニアリングマネージャーはコーディングをやめるべき」というアドバイスが自分のチームの形に合わない理由を正直に語る。
- 2024年3月 ゲームセンターのネット管理者からアーキテクトへ アンマンでの小売、LANケーブル、ゲームホールというならではの経路が教えてくれたこと。CS学位からビッグテックへの直線ではたどり着けなかった視点と、それが今でも設計の判断に影響している話。
- 2024年2月 22歳のとき、アンマンでオープンソースを教えた 2009年、MENAリージョンでまだオープンソースが珍しいピッチだった頃、そしてJ2MEが有力なモバイルプラットフォームだった頃、大学のOSSクラブを共同設立した話。